Pi Launchpad「SLICE」配布完了──流動性プールと価格チャートで学ぶDeFiの仕組み

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Pi Launchpadにおける2番目のテストトークン「SLICE」の配布が完了したと公式ブログが案内がありました。受け取った方の多くが最初に抱くのは、おそらくこの疑問です。これは結局、何のトークンで、持っていて何ができるのか

結論から書きますと、SLICEに換金価値はなく、資産としての用途はありません。ただしそれは「無意味だった」という意味ではなく、最初から資産として設計されていないという意味です。この記事では、まずその位置づけを明確にした上で、今回新しく開放された流動性プールと価格チャートの仕組みを解き明かしていきます。

先に述べておくと、ここで登場する概念はPi Network固有の技術ではありません。イーサリアムをはじめとする主要チェーン上のDeFiで、日々巨額の取引を動かしている標準設計です。SLICEは、失うもののない状態でそれを観察できる教材として機能していました。

公式ブログ要約https://minepi.com/blog/launchpad-liquidity-pool/

SLICEとは、結局どんなトークンだったのか

基本情報

項目 内容
種別 テストネット専用のエコシステムトークン(第2弾テストトークン)
発行量 1,000万SLICE
取得方法 Pi LaunchpadでTest-Piをコミットして取得
実施期間 2026年6月中旬〜6月28日(Pi2Day)
参加者 242,000人超/コミット総額1,592万Test-Pi
連携アプリ Slice of Pi(実際に稼働しているサードパーティ製ゲーム)
存在する場所 テストネットのみ
金銭的価値 なし。メインネットへ移行することは決してない

ここで使われているTest-Piも、実際のPiとは別物のテストネット専用通貨です。つまり今回のローンチは、価値のない通貨で価値のないトークンを買う、という取引で成立していました。奇妙に聞こえますが、それこそが目的です。

何のために発行されたのか

Pi側が示している目的は、大きく3つに整理できます。

  1. 教育──参加者に、エコシステムトークンの新しい仕組みと、DeFiへの参加手順を実地で体験させること。流動性プール、スワップ、自動的な価格決定といった概念を、説明ではなく操作を通じて理解してもらう狙いです
  2. データ収集──参加者の行動データとフィードバックを集め、将来のメインネット版Launchpadの設計を改善すること。どこで離脱するか、何が分かりにくいかは、実際に大人数を通してみないと分かりません
  3. 実アプリでの機能検証──今回SLICEを実働ゲーム「Slice of Pi」に接続したことで、アプリの利用状況に応じた特典(エンゲージメントボーナス)の仕組みを、検証用のダミーアプリではなく本物のアプリで試せるようになりました

3つに共通しているのは、受け取る側ではなく、作る側のための実験だったという点です。SLICEは配られた成果物ではなく、実験を成立させるための道具でした。

保有していて何ができるのか

用途の範囲を、できることとできないことに分けて整理します。

できること

  • Launchpadの画面で、自分の割当内容、ローンチ価格、実効価格を確認する
  • SLICEの流動性プールにアクセスする
  • テストネット上でTest-Piとスワップする(買い増しも売却も可能)
  • Test-Piに対するSLICE価格の推移をチャートで追う
  • 体験を踏まえてPi側にフィードバックを送る

できないこと

  • 換金する
  • 実際のPiや他の暗号資産と交換する
  • メインネットへ移行させる
  • テストネットの外に持ち出す

したがってSLICEの売却や購入を持ちかける話は、どのような形であれ詐欺と判断して差し支えありません。Piのコアチーム自身も、そうした売買の提案は詐欺であるという趣旨の注意喚起を行っています。テストネット上のトークンに対価を払う相手が現れたとしたら、その相手の目的はSLICEではなく、あなたのアカウント情報か実際のPiのいずれかです。

エアドロップとは何が違うのか

「使い道のないトークンを受け取り、価格だけを眺めている」──この後半の体感は、確かにエアドロップとよく似ています。

ただし、成立の仕組みは別物です。エアドロップは配布条件を満たした人に自動的に配られるもので、受け取る側に金額の判断は生じません。対してSLICEは、いくらコミットするかを自分で決めて支払う取引でした。構造としては、エアドロップよりも新規トークンの先行販売に近いものです。

この違いは、練習になる範囲にも表れます。エアドロップ特有の作法(対象条件の見極め、受け取りサイトを装った詐欺の回避、手数料の管理)は、SLICEでは一切鍛えられません。代わりにSLICEで体感できたのは、プールの規模に対して大きすぎる注文を出すと、自分の取引そのものが価格を動かしてしまうという感覚です。この理由は、次章の仕組みを追えば数字で説明がつきます。

なぜ調達したPiはプロジェクトに渡らないのか

Pi Launchpadの設計で最も特異なのは、集まった資金の行き先です。ここを理解すると、テストの狙いがさらに明確になります。

従来のトークンセールとの構造的な違い

一般的なトークンセールでは、参加者が支払った資金は発行主体であるプロジェクトの手に渡ります。プロジェクトはその資金で開発を進め、必要に応じて取引の流動性を自ら確保します。

Pi Launchpadはこの流れを断ち切りました。参加者が投じたPiはプロジェクトには渡らず、発行されたトークンとペアを組む形で流動性プールへ直接投入されます。プロジェクト側が資金を引き出す余地は、この構造には存在しません。

「資金調達」ではなく「ユーザー獲得」という位置づけ

では発行者側の利点は何か。Pi Launchpadにおけるエコシステムトークンは、資本を集める手段ではなく、アプリ内でのアクセス権、決済、報酬、ガバナンスといった機能に組み込まれる道具として位置づけられています。トークンを配ることでユーザーを集め、そのユーザーがアプリを使うことでトークンに需要が生まれる。この循環を作ることが目的とされています。

SLICEが実働ゲームに紐付けられたのは、この前提を本物のアプリで検証するためでした。

設計思想と実証結果は別のものである

ただし、冷静な留保が必要です。「健全な流動性を初日から確保する」という説明は、あくまで設計上の意図であって、効果が実証されたわけではありません。金銭的価値を持たないトークンで観測された挙動が、実際の資金が動くメインネット環境でそのまま再現される保証はどこにもありません。この構造が狙い通りに機能するかどうかの評価は、メインネット版が稼働した後にしか下せません。

流動性プールの仕組みを理解する

ここからが本題です。誰も価格を決めていないはずのSLICEに、なぜ価格が付き、なぜそれが動くのか。

用語整理──プール、スワップ、板取引

  • 流動性プール:2種類のトークンをまとめて預けておく共有の両替タンク。今回であればSLICEとTest-Piが入っています
  • スワップ:そのタンクに片方を入れて、もう片方を取り出す交換操作
  • 板取引(オーダーブック):買いたい人と売りたい人を直接引き合わせる、証券取引所に近い従来型の方式

Pi DEXでは、板取引による従来型のマッチングに加えて、プールを使った自動計算方式が併用されます。板取引では取引相手が見つからなければ交換は成立しませんが、プールが相手であれば相手を探す必要そのものが消滅します。タンクは常にそこにあるからです。

定数積公式──掛け算の答えを変えないというルール

プールが交換レートを決める際に使われるのが定数積公式です。名前は物々しいものの、ルールは一つしかありません。

プールに入っている2つの資産の量を掛け算した値を、交換の前後で変えない。

式で書けば次のようになります。

SLICEの残高 × Test-Piの残高 = 一定

片方が減れば、掛け算の答えを保つためにもう片方が増える。この単純な制約だけで、取引のたびに交換レートが自動的に決まります。

具体例で追う:10 × 10のプールに何が起きるか

10 SLICEと10 Test-Piが入ったプールを考えます。掛け算の答えは100です。

ここで誰かがSLICEを5つ取り出すと、プールに残るSLICEは5つになります。掛け算の答えを100に保つには、Test-Pi側は次の量になっていなければなりません。

100 ÷ 5 = 20 Test-Pi

もともと10 Test-Piしか入っていなかったので、この人は手数料を別として10 Test-Piを差し入れる必要があります。

SLICE残高 Test-Pi残高 掛け算の答え SLICE 1つあたりの目安
交換前 10 10 100 1 Test-Pi
交換後 5 20 100 4 Test-Pi

SLICEが希少になった分だけ、表示価格が上がりました。逆にSLICEをプールに戻してTest-Piを引き出せば、SLICEが余剰になり表示価格は下がります。需要と供給が、人の判断を一切介さずに価格へ変換されているわけです。

なぜ「自動マーケットメイカー」と呼ばれるのか

本来、市場で常に売り買いの値段を提示し続ける役割は、マーケットメイカーと呼ばれる専門業者が担ってきました。その役割を数式に置き換えたものが、自動マーケットメイカー(AMM)です。

この例からもう一つ読み取れることがあります。5つ買った時点で価格は4倍になりました。つまり一度に大量に動かそうとするほど、後半の1つあたりの条件は急激に悪化していく。プールが小さいほどこの効果は強く働きます。先ほど触れた「自分の注文が自分の価格を崩す」という現象の正体が、これです。

この性質は誰にとって不利で、そして誰を守っているものなのか──考えてみる価値のある問いです。

配布後の画面で何が見えるようになったのか

ローンチ価格と実効価格

画面では個別の割当内容に加えて、ローンチ価格と実効価格が表示されます。この2つが分かれている点が重要です。今回のSLICEでは、エンゲージメントに応じた特典が価格の割引ではなく、受け取るトークン量への上乗せという形に変更されました。同じ額をコミットしても、アプリへの関与度合いによって受け取る量が変わるため、一人ひとりの実質的な取得単価は異なります。その差を可視化するための表示です。

価格チャートという新機能

Test-Piに対するSLICE価格の推移を追えるチャートも追加されました。前述の通り、この価格を動かしているのは参加者自身のスワップです。自分たちの取引行動が、リアルタイムでグラフの形に変換されていく過程を観察できる。教材としてはこれ以上ないほど直接的な設計と言えます。

このテストから何が読み取れるのか

参加フローの簡素化は機能したのか

Pi Launchpadで最初に実施されたテストトークンは、2026年3月14日のPi Dayに公開された「IRRA」でした。両者を比較すると、変更の意図が見えてきます。

項目 IRRA(1回目) SLICE(2回目)
連携先アプリ 検証用のダミーアプリ 実働ゲーム「Slice of Pi」
参加フロー ステークとコミットが別画面の別作業 コミット額の入力に一本化、保有要件は自動計算
特典の見せ方 トークン価格の割引として提示 受取トークン量への%加算として提示
コミット参加者数 198,000人超 242,000人超
コミット総額 1,472万Test-Pi 1,592万Test-Pi

IRRAでは478,000人以上がステークまで進んだ一方、コミットまで完了したのは198,000人ほどでした。この脱落こそが、フロー簡素化の動機です。今回のコミット完了者は242,000人超で、単純比較では約22パーセントの増加となります。

比較の限界を明示する

ただし、この数字を額面通りに受け取るべきではありません。理由は3つあります。

  1. IRRAでは1,472万Test-Piのコミットのうち実際に取得へ充当されたのは1,171万でしたが、SLICEについては充当額が別途示されていないため、同じ基準での比較になっていません
  2. SLICEは実働ゲームと連携しており、参加動機そのものが異なる可能性があります
  3. 2回目という時点で、参加者側にすでに学習効果が生じています

フロー改善だけを増加の要因と断定することはできない、というのが妥当な読み方です。

今後の展望

インフラ面の進展

2026年7月22日、PiのネットワークはProtocol v25へのアップグレードを実施しました。安定性と信頼性の向上に加え、BN254暗号とPoseidonハッシュという2つの技術要素が導入されています。これらはゼロ知識証明(手元の情報を明かさずに、その情報が正しいことだけを相手に納得させる技術)を扱うアプリケーションの土台となるものです。

メインネット版の時期は示されていない

Pi DEXは公式の説明上、現時点でもテストネット上に存在するものとして扱われています。コミュニティ内には機能の一部が本番環境で確認されたとする情報も流通していますが、メインネット版Launchpadの実施時期について公式に確定した日程は示されていません。この不確実性は、そのまま不確実なものとして受け止めるのが適切です。

まとめ

今回の要点を3つに整理します。

  • SLICEはテストネット専用のトークンであり、換金価値も資産としての用途もありません。売買を持ちかける話はすべて詐欺です
  • その目的は、参加者への教育、Pi側のデータ収集、そして実働アプリでの機能検証の3点にありました
  • 流動性プールの価格は、2つの資産の掛け算を一定に保つという単純なルールだけで自動的に決まります

ここで扱った定数積公式もAMMも、Pi Network独自の発明ではありません。DeFi全体で共有されている標準的な設計であり、一度理解してしまえば他のブロックチェーンを見るときにもそのまま使える視点になります。

その意味で、SLICEは「持っていても何にもならないトークン」でありながら、失うもののない環境で価格が形成される瞬間を自分の手で動かせたという点では、金銭的価値とは別の何かを残しています。

Pi Browserを開いてLaunchpadの画面を確認すれば、自分の割当がどのような実効価格になっていたのか、プールの価格がどう推移したのかを直接見ることができます。数字の裏側で何が起きていたのかを、この記事の内容と照らし合わせながら追ってみてください。理解は、読むことよりも見比べることで定着します。

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